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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)9211号 判決

原告 高橋桂子

右訴訟代理人弁護士 田端幸三郎

被告 竹下節男

〈外二名〉

右三名訴訟代理人弁護士 松井弘行

右訴訟復代理人弁護士 成富安信

主文

被告竹下節男は原告に対し金二十万円を支払え。

原告のその余の請求は棄却する。

訴訟費用中、原告と被告竹下節男との間に生じた部分は被告竹下節男の負担とし、その余は原告の負担とする。

本判決は原告勝訴の部分に限り原告が、金三万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

≪省略≫

理由

第一、原告の第一次的請求について。

一、原告は被告節男と昭和二十九年十二月九日鹿児島公民館において訴外二木秀彦、同人妻チヤ子の仲介により婚姻の式をあげて事実上の婚姻関係(内縁関係)に入り、それ以来同被告の肩書住所地で同被告と同棲したことは、当事者間に争いがない。

二、原告は昭和三十年二月頃実母を鹿児島から呼び寄せ、同人と共に原告の実家のある鹿児島に帰つたこと、その際被告節男も原告等と同道して鹿児島へ行き、原告の実家において原告と同棲していたが、同年四月六日被告節男は再び高砂市の被告肩書住所地へ帰り爾来原告と被告節男とは別居するに至つたことも当事者間に争いがない。

三、しかして、右当事者間に争いのない事実に証人蒲地美代子の証言及び原告本人尋問の結果からいずれも真正に成立したことを認めることができる甲第二、三号証、官署作成部分の成立につき当事者間に争いがなく、その余の部分については原告本人尋問の結果から真正に成立したものと認めることができる甲第四号証の二、第五号証、真正に成立したこと当事者間に争いのない甲第十号証、証人蒲地美代子、同高橋はつの各証言、原告本人尋問の結果の各一部並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  被告藤本恵角は、肩書住所地に本店を置く高砂食品株式会社を経営してパン製造業を営んで居る者、被告藤本ひではその妻であり、被告竹下節男は被告藤本ひでの甥に当り、昭和二二年頃から、藤本夫妻に引取られ、殆んど無給でその手伝をなしていたものであるが、被告節男は、原告と事実上婚姻した後は、原告と、前記本店から千米位の所にあつた同会社の支店と称する工場の二階で同棲し、ともども本店に通い、被告節男は従来どおりパン製造の仕事に従事し、原告も炊事、店番掃除、洗濯等の雑用に従事することとなり、朝五時頃本店に赴き、夜十時頃迄、右雑用をなし支店に帰るのは午後十一時頃であるが、一方被告節男は工場が深夜作業のため、夜の九時頃から翌朝六時頃まで働くという生活が続いた。そして被告節男も原告も食事は本店で被告恵角、同ひで及び同人等の養子藤本彦助同人妻さだ子等と共にした。原告は右のような生活が続いたため睡眠不足と過労を来し、元来が勤め人の一人娘であつたため生活環境の激変により心身共に疲労し、昭和二十九年十二月二十九日、消化不良を起して倒れるに至つたが被告ひでは原告に対し、暮の忙しいのに寝込まれては大変だといういやみに取られるような態度をとつて起きて働くことを促し、又被告恵角も、正月から寝込まれては縁超が悪い等と云つて、ともども原告に静養を許さなかつた。

(二)  昭和三十年二月六日頃、被告ひでは些細なことから、原告と被告節男を呼びつけ傍にいた被告恵角と共に原告に対し、どう云う気持で嫁にきたのかと尋ね、原告が叔父、叔母に可愛がられる嫁になりたいと思つてきた旨答え、更に、結婚前の話では原告と被告節男の炊事は年が明けたら支店に炊事場を設け被告恵角同ひで等と別にする。支店の方の仕事は原告と被告節男とに一切まかせるということであつたが、いつになつたら炊事は別にしてくれるのか、被告節男は無給であるが他の使用人なみで結構だから給料をもらいたい、と訴えると被告ひでは原告に対しお前のような嫁は見たことがない、以前嫁に行つた出戻りであろうと暴言を吐き、その場を去ろうとした原告の着衣を引つぱつて被告恵角と共に更に暴言をあびせた。

(三)  原告は、被告節男に対し前記炊事場のこと、同人の給料のこと、被告恵角同ひでの仕打ちについて訴えたが、被告節男は優柔不断にも又被告恵角同ひでは叔父叔母であり、且つ、使用者の立場にあつたことから、原告に対し、しばらくの間辛棒してくれ、というのみで、何等積極的な解決策を講じようとはしなかつた。

(四)  原告は前記のような生活の疲労を癒すため、実家で静養しようと考え、昭和三十年二月末頃実母を自己の許に呼びよせ、同人から、被告恵角、同ひでに対し鹿児島の実家に帰つて静養したい旨申述べるや、右被告両名は離婚話と感違いして、原告の実母に対し原告の欠点をあげ、その翌日頃、原告、被告等三名、藤本彦助、同人妻さだ子、被告節男の姉等が本店に話し合つた際にも被告恵角同ひでは原告を離婚するといつて譲らず、原告が鹿児島に戻るのなら、同行する旨意思を表示した被告節男に対しても縁を切ると云つて暗に被告節男に対し原告との事実上の婚姻を破棄することをすすめた。

(五)  右のような事情があつたが、昭和三十年三月十日頃原告は、実母及び、被告節男と共に原告の実家に帰り、被告節男は新たな生活に入るべく就職口を捜し、四、五日菓子屋に勤めにいつていたが、同月二十七、八日頃喜界島に所用で赴いた被告恵角に同行した被告ひでが、被告節男を同被告の兄を通して呼びよせた上、高砂市に帰るよう説得し、被告節男はこれに応じて同年四月上旬頃、原告に何の連絡をすることもなく高砂市に戻り、その後原告との事実上の婚姻関係を継続するか否かについて迷つた挙句、被告恵角、同ひで夫婦の意に屈し、同月二〇日原告に対し翌二一日午後六時鹿児島駅に着くから迎えに来いとの電報を発しながら遂に別離を決意して赴かず、原告との事実上の婚姻関係を不当に破棄し、原告との交渉を全く絶つに至り、昭和三四年一月二三日には、訴外山口誓子と結婚し、同年六月九日婚姻届をしてしまい、被告恵角、同ひでは、右のとおり迷つていた被告節男に対し原告との別離を強い、事実上の婚姻関係を破棄することを余儀なくさせた。

右認定に反する被告節男、同恵角、同ひでの各本人尋問の結果及び証人堀真佐久の証言は右認定の資料に対比して措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四、被告等は、原告は生活振りに自堕落な点があり、又原告の実家に帰つたのも原告が勝手に帰つたものであり、被告節男が高砂市に戻つたからには被告節男のもとに帰つて協力すべきであるにもかかわらず、之をなさないから、原告と被告節男との事実上の婚姻解消について正当事由がある旨主張し被告節男本人尋問の結果から、原告は一人娘で育つたため、間食をしたり、経済的観念に多少ルーズな点があつたことが認められるが被告節男に、原告との婚姻予約を破棄するための正当事由を与えるほど原告が自堕落であつたと認めるに足る証拠はなく、又原告が実家に帰つたのは前記認定の事情からであるから、被告節男が高砂市に戻つた後に原告が同被告のもとに戻らなかつたからといつて被告節男に原告との事実上の婚姻を破棄した正当事由があるものとは認められない。

また原告は、被告節男は支店を無償で被告恵角から譲受ける約束ができていた旨主張し前掲甲第三号証、証人蒲池美代子、同高橋はつの各証言、及び原告本人尋問の結果中には右主張に符合する部分があるが、右は被告恵角、同ひで、同節男各本人尋問の結果及び、本件弁論の全趣旨と対照すると措信することができず、右比照に供する各証拠によれば原告主張の事実はいわば仲人口以上のものではなく、被告恵角が同節男に対し支店を無償で譲渡する旨約したことは認めることができないのであるから、右主張の事実の約束を被告恵角夫婦が実行しなかつたとしても、そのことは被告等の本件事実上の婚姻関係不当破棄責任の理由として取り上げることはできない。

五、以上判断したところによれば、被告節男は、正当な理由なく原告との事実上の婚姻関係を破棄したと言うべきであるから、その不法行為により、因つて蒙つた原告の損害を賠償すべき義務があり、被告恵角及びひでは被告節男を強いて原告との事実上の婚姻関係を不当に破棄するようにそそのかしその決意をなさしめたと言うべきであるから、被告節男と共に共同不法行為者として原告の蒙つた損害を連帯して賠償すべき義務がある、と言わなければならない。

六、しかし、被告等の不法行為に基く原告の損害賠償請求権は、被告等主張のとおり、本件事実上の婚姻関係が被告等によつて破棄されたという昭和三〇年四月二一日の翌日から三年を経過した昭和三三年四月二一日をもつて時効により消滅している。

というのは、不法行為を原因とする損害賠償請求権は、被告者が損害及び加害者を知つた時から三年の間に行使しないときは時効によつて消滅するものであり、右にいわゆる被害者が知つた損害というのも相手方の不法な行為に因つて惹起された損害であることを要するのではあるが、

前項認定の諸事実に、原告本人尋問の結果特に原告はその日以後、被告節男との復縁につき、被告等と全く何らの交渉もしなかつたとの供述及び弁論の全趣旨を綜合すると、原告は少くとも被告節男からの最後の音信たる昭和三〇年四月二十日発信の電報を受け取り、翌二十一日鹿児島駅に同被告を迎えに行つたのに同被告が現れないことを確認したとき、被告等が不当にも事実上の婚姻関係を破棄したことを知り、大きな精神的な苦痛を受け、その評価は兎も角として、その賠償をして貰わなければならぬことを感じたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はないのであるから、被告等の共同不法行為を原因とする原告の慰藉料請求権は、昭和三〇年四月二十三日から三年を経過した昭和三三年四月二一日をもつて時効により消滅したと言わなければならない。

原告は、原告が本件事実上の婚姻関係を破棄されたことにより甚大なる精神的苦痛を蒙つたこと及びこれが被告等の共同不法行為に起因することを知つたのは原告が被告等を相手方として東京家庭裁判所に調停を申立てた昭和三一年六月一〇日であると主張するが、右主張にかかる事実の認めえないこと上敍のとおりであり、また、原告は、不法行為に因る損害賠償請求権の消滅時効の起算点は、被害者が損害賠償を請求しうるとの確信を持つたときからとすべきであるかの如く主張するが、事実上の婚姻関係破棄という不法行為の損害賠償請求権においては、その消滅時効の起算点は被害者において事実上の婚姻関係が相手方により不当に破棄されたこと、それにより被害者が精神的な損害を蒙つたと感じた時とするをもつて足り、被害者が損害賠償を請求しうるとの確信までを持つたときとするまでもないと解するから、原告の右主張も援用できない。

なお、被告等は、原告は本件におけると同一の理由により昭和三一年六月一〇日東京家庭裁判所に対し被告等を相手方として慰藉料金五十万円の支払を求める家事調停を申立て、右事件は同年九月一三日神戸地方裁判所姫路支部に移送されたが、昭和三二年一月二十一日不調となり、原告は同日その通知を受けたが二週間以内に訴を提起しなかつたのであるから、右調停申立には時効中断の効力がない、と先行的に主張するところ、原告主張の調停事件が同主張のとおり不調となり、原告は昭和三二年一月二十一日その通知を受けたことは当事者間に争いがなく、原告が右調停についての訴たる本件訴を提起したのは昭和三三年一月一七日であることは本件記録によつて明らかであるから、家事審判法第二六条第二項の規定により、被告等の共同不法行為に基く原告の慰藉料請求権の消滅時効の進行は前記調停の申立によつては中断されなかつたと言うのほかはない。

しからば、被告等の不法行為を原因とする原告の第一次的請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないから、これを棄却する。

第二原告の第二次的請求について。

一  原告は被告等の共同不法行為に基く慰藉料請求権が時効によつて消滅したとしても被告節男は債務不履行の責を負い、原告の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料を支払うべき義務ある旨主張するのでこの点につき判断するのに、婚姻予約の当事者は、正当の事由なくこれを破棄した場合には、不法行為としての責任と共に、債務不履行の責任を負うものというべきであるから、被告節男は原告との婚姻予約の当事者であり、前記認定のとおり、正当な事由なく右予約を破棄したものであるから、債務不履行の責を負い、これによつて原告が蒙つたところの精神的苦痛を金銭によつて慰藉すべき義務がある。

二、そこで進んでその額について考えるに

原告本人尋問の結果から原告(昭和四年七月二十六日生)は本件が初婚であり現在中央鋼材株式会社に勤務して月収一万六千円位をえていること、

被告節男本人尋問の結果から、被告節男(昭和二年四月二十九日生)は、被告恵角の経営する前記会社で働き月収一万一千円をえているが、貯金一万円位の外は財産がないことをそれぞれ認めることができ、右事実及び前記認定の原告と被告節男の事実上の婚姻の成立から破綻するに至つた迄の事情並びに本件証拠に現われた一切の事情を考慮すると、被告節男が原告に支払うべき慰藉料は金二十万円が相当であると認められる。

第三結論

よつて原告の被告等に対する第一次請求は失当として棄却することとし、被告節男に対する第二次請求は右限度において正当として認容することとしその余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担は、原告と被告節男との間に生じた分は民事訴訟法第九十二条但書を、原告と、被告恵角、同ひでとの間に生じた分は同法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡成人 裁判官 渡部保夫 柴田保幸)

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